9月6日19時過ぎ頃、私のバスターは息をひきとりました。
部屋にひとりきり、私のベッドの上に居るときに。
寝たきりになる僅か前のバスター↑横浜の実家へ居住を戻して僅か数ヶ月ですが、大好きな家族と過ごせて幸せだったに違いありません。
留守中だった私に代わり、父が最後にお水を与えてくれたのが18時半過ぎ。
19時半前にに帰宅した母がバスターの様子見をしたときは『まだ呼吸していたと思う』のだそうですが、僅かに離れて数分後に戻ったとき呼吸をしておらず、大至急で病院に連れて行ったところ、お医者さん曰く19時頃だろうということで…。
もはや私にとっては時間はあまり重要ではありませんが。
寝たきり生活1ヶ月と1週間のバスター 体勢を起こしてもらってご機嫌笑顔 ↑寝ている体勢そのままの、柔らかい表情とポーズで、バスターの悲鳴等は誰も聞いておらず・・・
推測ですが、おそらく本当に静かに眠るように最後の瞬間を迎えました。
最後まで迷惑かけずに……あまりにもバスターらしくて頭にきます。いい男だな!って。
そして、私の留守中というのも…
様々なことがまるで計算つくされたかのようなのです。
ペットシートもぴったり終了だし。
全ては書ききれませんが、驚くべきタイミングなんです。
その日、予感がありました。いつも以上にバスターの傍を離れたくなかった。
不思議な夢も見ました。
前の晩、明け方4時くらいまでずっとバスターの手足をマッサージしたり抱き抱えたりしながら、性懲りもなく語らっていました。
バスターの目が違うとわかってしまったので、そろそろお別れを考えてるの?なぁんて話をずっとしていました。
だからこそ、私は想いの全てを言葉で伝えることもできました。
長いのか短いのか、そんな9年を一緒に振り返り、思出話をたくさんしました。
お互いに、わかっていたはずです。不思議なことに。
『バスターはtoshieちゃんに安楽死という辛い選択をさせたくなかったんだよ。』
って、誰もがそう言ってくれるのですが…きっとそうなんでしょう。
それがバスターが私にくれた最後で最高の愛情表現だったに違いありません。
都合のよい馬鹿飼い主の妄想と思われようが構いません。
自分達にだけわかれば良いことのひとつですから。
冷たい床に移動させ窓の外を見つめる寝たきりバスター↑バスターは7日の夕刻には骨だけとなりました。
亡くなって24時間も経たないっていうのに、私は見送りました。
息をひきとるまでのバスターを想ったとき、そうするべきだと、
それが私とバスターらしいお別れだと感じたのです。
本当はミイラでもゾンビでも白骨死体になろうとも、ずっと寄り添っていたい。当たり前です。
しかし、そうしてしまえば私は永遠に泣いて暮らすでしょうし、それをバスターは望まない。
火葬場の燃え盛る炎の中にバスター送り出すとき、
重い扉が何重にも閉じられるとき、私は声も出せませんでした。
一緒に飛び込んでしまいそうなくらいなのに、
直前にしがみついて強く抱き締めたバスターの感触を身体中に残したまま、ひたすらに見つめるばかり。
自宅に戻ったバスターを、バナナは相変わらず拒否します。亡骸も全力で拒否でした。
ねこじは骨壺にしつこくずーっと顔をこすりつけ、終には血が出るまでそれを止めませんでした。驚きです。
血が出るまで骨壷に顔を擦り付けるねこじ↑ジャンゴはマイペース、だけどやはり絶対に感じています。
骨壺にはたっぷりヨダレをつけてくれ(笑)、
バスターの骨壺はジャンゴのヨダレとねこじの血が染みとなり、我が家らしく仕上がってしまいました(笑)。
祭壇も未完成だし(笑)・・・・・。
信じてとは言いませんが、今日だけで2回バスターの声を聞きました。
しかも同時に母も。
気のせいや幻聴にするにはあまりにもハッキリと、同時に母と私の耳へ届き、
二人で「バスターすごい・・・」と呟き、私はうれしくて号泣。
だって、私を呼ぶときの声だったんです。
こんな爽やかなお別れがあるなんて初めて知りました。
息をしないバスターに、私は何度もありがとうと言えました。まるで呪文のように。
亡くなる日の朝にも、バスターは得意技の゛は〜い゛をやってたんですよ〜。ステキ過ぎます(笑)。
そんな風に、楽しい思い出が抱えきれぬほどあるから。
自分の感情は・・・なんだかよくわかりません。
介護生活が急に始まって急に終わってしまって、
壷が手元に残って、
写真は幸せいっぱいで、だけど名前を呼んでも返事はないし、
抱きしめる身体ももうなくて、
寂しさは底知れないのに私は笑っていられるし食べられるし、
涙より笑ってるし、どこか満たされた感情もあるし…
…大切な相棒を失ったとは思えない明るさです。
未だにお供え物が浮かばなくてフードすら供えていない私は、
他の愛犬家たちには信じられない!と思われそうです。
なんだろう、これは。
失ったのに失った感が少ないのは、現実をまだ受け入れられてないのか…………。
傍に居てくれるからだと固く信じたい。
だけど私は、バスターの感触も匂いも声も忘れる。たぶん。
何一つ残さずに私の細胞になってしまうから。
火葬場へ向かう前に、最期の最後にピーチと会わせてあげられました。
ピーチの表情を私は一生忘れません。ありがとう、ピーチ。
バスターは本当に皆様に愛していただきました。
お陰様で、おそらくドラマや映画のように安らかに虹の橋へと旅立つことができました。
ありがとうございます。
いただいた愛情の数々は感謝してもしきれません。
私は自分で想像していたより遥かに大丈夫です。
勿論、瞼はメガネをはずしたのび太の如く ”3” 状態ですが。
皆様とジャンゴバナナねこじと、バスターのお陰です。
・・・・・・とりとめのないことを長々と綴ってしまいました。
書き足りないくらいです(笑)。
ブルマスチフ Buster 2002.01.22生
9歳9ヶ月 2011.09.06. 虹の橋へ旅立ちです。
お花もタオルも一緒に燃やしてしまいました。今は帰宅後にいただいたお花と壺があるだけ。
バスター、ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。
さようなら